岩手・宮城内陸地震はどうして火山の近傍で起こったのか?

 

京都大学防災研究所 飯尾能久

 

 

1. 非弾性変形している領域内で発生した地震?

岩手・宮城内陸地震は、活火山である栗駒山の東麓で発生した。気象庁によるマグニチュードは7.2、余震域の長さは約30kmである。余震域の北部は、北上低地西縁断層帯南部の出店断層付近、南部は鬼首カルデラ付近におよんでいる(気象庁、地震調査委員会資料)

 東北地方脊梁部には活火山をつなぐように活断層が分布している(長谷川・他,2004)。例えば、北上低地西縁断層帯や千屋断層は、栗駒山・鬼首カルデラと岩手山の間に位置している。長谷川・他(2004)は、火山地域では、マントルウェッジから供給される水の量が多いため、上部地殻を含めた地殻全体の軟化の度合いが大きく、局所的な短縮変形(主として非弾性変形)が速く進行するのに対して、火山と火山の間では、非弾性変形が相対的に小さいため応力集中が起こり大地震が発生すると考えた。つまり,火山付近では短縮変形は主に非弾静的な変形でまかなわれ,大地震発生の可能性は相対的に低いが,火山の間では弾性ひずみエネルギーの蓄積により大地震が起こる可能性が相対的に高いと考えられている.このことは,東北地方脊梁以外でも,跡津川断層周辺でも成り立っていると考えられる(Sagiya et al., 2007)

上記のように、岩手・宮城内陸地震は,大地震が相対的には起こりにくいと考えられる火山付近で発生したものである。ただし、長谷川・他(2004)は、火山地域内でも、より小さなスケールで同様の現象が起こっていることを、鬼首カルデラ付近の地震活動を例に挙げて示している。しかし、今回の地震はその小さなスケールに対応すると考えられるM6クラスの地震ではなく、千屋断層が動いたとされる陸羽地震に匹敵する大地震である。上部地殻においても非弾性変形が進行していると考えられる火山地域において、どうして大地震が発生したのだろうか? 

同様の問題は新潟県中越地域でも指摘されている.新潟県中越地震や新潟県中越沖地震の震源域に挟まれた地域では、活褶曲と呼ばれる非弾性変形が起こっていることが知られている(例えば,宮村・他,1968)

断層の延長部(走向方向)で非弾性変形が起こっている場合は断層に応力集中が発生するが,断層近傍,あるいは断層の走向と鉛直方向の隣接領域において、非弾性変形が起こっている場合は通常は断層の応力が増加しにくいはずである.このような配置において,地震が発生するのはどのような場合かを考えてみる。

 

2. 上部地殻での非弾性変形を考慮した要素モデル

内陸地震の発生過程に関するバネ-ダッシュポット-スライダーの要素モデル(Iio et al., 2004)を拡張して、シミュレーションを行った。図1上に示すように,簡単のため、地震を起こす上部地殻の断層近傍の非弾性変形を粘弾性的な変形と仮定し、上部地殻にダッシュポットを追加した。上部・下部地殻の粘性を変化させてシミュレーションを行った.その結果,上部地殻の粘性が,下部地殻の断層帯の粘性から決まるあるしきい値より大きい場合は、地震が発生するのに対して(1a),粘性が小さい場合は,上部地殻が先に緩和するので地震は発生しないことが分かった(1b)

今回は簡単のために,上部地殻においても粘弾静的な変形が起こっていると仮定したが,常識的には,上部地殻で起こっている非弾性変形は,断層の摩擦強度に依存する塑性変形であると考えられる.このような塑性変形においては,粘弾静的な変形と違って,応力は摩擦強度以下に低下しないため,応力緩和は限定的なものである.したがって,現実には,非弾性変形が起こっておる領域でも,上記のシミュレーションに比べて地震はより起きやすいと考えられる.

以上のことから、断層近傍の上部地殻で非弾性変形が起こっている場合でも、断層の下部延長での変形がより速やかに起こる場合には、上部地殻の変形による応力低下よりも、下部延長の変形に起因する応力増加が大きいので、断層の応力が増加して地震が発生すると解釈できる。

地震が発生する場合でも,断層の応力の増加速度は、下部地殻と上部地殻の非弾性的な変形速度に依存すると考えられる.その差が小さい場合は、断層の応力増加が小さく、地震の発生間隔は長くなる。したがって、断層の平均変位速度も小さくなり、地表に顕著な活断層は残らない可能性がある。また,上部地殻における非弾性変形そのもののために,断層のずれが見えにくくなる可能性も考えられる.

 

3. おわりに

 以上,簡単なシミュレーションにより,火山の周辺のような上部地殻において非弾性変形が起こっている場合でも,断層直下の下部地殻に低粘性の領域があった場合には,地震が起こることが分かった.大地震の発生予測において,断層直下の下部地殻の低粘性領域の実体やその空間分布を明らかにすることが極めて重要であると考えられる.

 

文献

長谷川昭・中島淳一・海野徳仁・三浦哲・諏訪謡子,東北日本弧における地殻の変形と内陸地震の発生様式,地震,第2輯,56413-4242004.

Iio, Y., T. Sagiya, Y. Kobayashi, What controls the occurrence of shallow intraplate earthquakes?  EPS, 56,1077-1086,2004b.

宮村攝三・溝上 恵・中村一明・岡田 惇・杉村 , 1968, 水準点新設による活褶曲の研究.文部省. 特定研究災害科学総合研究班,第五回災害科学総合シンポジウム,169-171.

Sagiya, T, M. Ohzono, K. Hirahara, M. Hashimoto, Y. Hoso, Y. Wada, A. Takeuchi, R. Douke, T. Nishimura, H. Yarai,2007, Tectonic loading of active faults in central Japan revealed by dense GPS observations, Eos Trans. AGU, 88(52), Fall Meet. Suppl., Abstract, S34C-01.

 

 

 

図1 上部地殻の断層近傍の非弾性変形を考慮したバネ-ダッシュポット-スライダーの要素モデル()と計算結果 (1a,b)