上宝観測所

 

所在地

 上宝観測所は、岐阜県飛騨地方の風光明媚な山間の町にあります。観測所か ら車で40分ほど走ると、北アルプスの登山基地のひとつである奥飛騨温泉郷に いたり、さらに峠を越えると長野県になります。日本屈指の山岳観光地である 上高地は、観測所のある飛騨側から見ると奥飛騨温泉郷のすぐ向こう側になり ます。観測所の所在地は、平成17(2005)年2月以前は、岐阜県吉城郡上宝村 という地名でしたが、その後の市町村合併により、東京都よりも広くなったと いわれる岐阜県高山市の一部となりました。

 旧上宝村には、当上宝観測所のほか、京都大学の遠隔地施設として、同じ防 災研究所附属の流域災害研究センター穂高砂防観測所と、理学研究科の飛騨天 文台の、合計3施設が設置されておりそれぞれの研究活動を行っています。

沿革

 上宝観測所は昭和40(1965)年に、第1次地震予知研究計画に基づき京都大 学防災研究所附属上宝地殻変動観測所として設置されました。発足当初の観測 所には、上宝村本郷に観測所本館と光波測量用の観測ドームが、さらに本館か ら5kmほど離れた上宝村蔵柱に観測坑道が建設され、これらの施設による、地 震予知研究に資するための地殻変動観測が開始されました。本館と観測ドーム の敷地は旧上宝村からの寄付および購入によるもの、観測坑道の敷地は民有地 を借用したもの、と旧上宝村の関係者の全面的なバックアップによる発足でし た。観測所をこの地に定めたのは、第1級の活断層である跡津川断層が近くに 存在したことおよび旧上宝村からの御支援に加え、できるだけ海の影響を受け ずに地殻変動観測を行うには、日本国内でも海からの距離が最も遠いこの地域 が最適である、という考えもあったようです。

 その後,微小地震,全磁力,地電流,広帯域地震観測およびGPSなど観測項 目を追加するとともに,岐阜県飛騨地方のみならず、富山県や石川県の能登地 方などにも観測範囲を拡大し,広く中部地方北西部のデータの取得を行い、地 震予知に関する基礎研究をはじめとする地球物理学的な諸研究を進めてきまし た。

 平成2(1990)年には京都大学の地震予知研究関係機関が統合され,防災研 究所附属地震予知研究センターが設置され,その際に,同センター上宝観測所 と改称され、現在に至っています。

観測の対象

 上宝観測所の観測対象地域には跡津川断層系などの活断層が多数存在し、多 くの内陸地震が発生しています。跡津川断層では、およそ150年前の安政5 (1858)年に、飛越地震(M7.0)が発生し、飛騨地方(岐阜県)だけでなく越中 地方(富山県)にまで大きな被害をもたらしました。飛騨地方の地震活動につ いての知識がほとんどなかった観測所の発足当初、開始したばかりの地震観測 によって跡津川断層で微小地震が発生していることが発見されたことは当時の 特筆に値する研究成果でした。また、観測坑道を利用して、当時は光学記録が 主流であった地殻の微小な変化の計測のための、電気的記録方式の開発が 全国に先駆けて行われました。

その後の観測によって、跡津川断層付近の地震活動や地下構造が詳細に調査さ れてきています。最近のGPS観測等によれば、新潟から神戸に至る地域に地殻 の歪が集中した地域が帯状に分布しており、「新潟-神戸歪集中帯」と呼ばれ ています。跡津川断層は、この歪集中帯の中に位置し、地殻歪の集中・蓄積に よる内陸地震の発生過程の研究のためには絶好のフィールドであると考えられ ています。

 また、飛騨山脈の脊梁部には、北から立山、焼岳、乗鞍などの活火山が並ん でおり,さらに跡津川断層の西端には白山火山があります。これらのうち、観 測所からも至近距離にある焼岳は、上高地のランドマークとして有名な火山で すが、大正池の生成等の活発な火山活動の記録があるにもかかわらず、昭和37 (1962)年の小噴火を最後に40年以上の長期にわたり静穏な状態が続いており、 防災上の見地からも注意深く見守る必要があると考えられています。焼岳では 地下数kmの群発地震やそのさらに下30km付近の低周波地震なども観測されてお り、火山活動の研究のためにも好適なフィ-ルドです。

ちなみに、余談ですが、深田久弥の名著「日本百名山」の焼岳の項には、この 山が「日本アルプスを通じて唯一の活火山である」という記述がありますが、 現在は日本アルプス(飛騨、木曾、赤石の三山脈の総称)には、立山(弥陀ヶ 原)、焼岳、赤棚(アカンダナ)山、乗鞍岳、御岳の5つの活火山が認定され ています。

観測項目

 上宝観測所では、現在、十数点の微小地震観測点において短周期微小地震観 測(主に、周期が1秒程度より短い地震波を観測)を実施し,データを収集し ています。観測される地震は最も少ない日でも、1日あたり十数個以上はあり ます。これらのデータの一部は,リアルタイムで気象庁に分岐して、いわゆる、 「一元化処理」と呼ばれる、気象庁における全国の微小地震観測データの統合 処理に供しています。さらに、逆に気象庁や防災科学技術研究所等、他機関の データをも収集し,独自の研究目的のための解析処理を行っています。

 また、地殻変動のための観測坑道を複数箇所に有しており,上宝観測室(高 山市上宝町蔵柱)に加え、立山(富山県立山町),宝立(石川県珠洲市宝立町) の計3観測室で伸縮計および傾斜計による地殻変動連続観測を実施し,公衆回 線によるデータ収集を行っています。地殻変動の観測では、周期が分単位から 月単位、さらには無限大(DC成分)までの地殻の歪みを、10e-09を超える精度 で測定します。これは、たとえば傾斜変動を観測する場合、京都と上宝の間 (距離約200km)に棒を渡して、片方の端が0.2mmほど昇降する変化をもう一方 の端で検出する精度に相当します。

 これらに加え、上宝,立山および宝立の3観測室では、短周期微小地震観測 に加えて、世界中の大地震・中地震の記録が可能な広帯域地震観測(周期が 120秒~360秒程度までの長周期の地震波も記録できる)も実施しているほか、 跡津川断層の西端付近の西天生(飛騨市河合町)および宝立の2観測室では, プロトン磁力計による全磁力の観測を実施し,地磁気の変化に関する研究も行っ ています。

 このようにして得られた上宝観測所の観測データは、当地域の活断層や火山 の活動を理解するための基礎的なデータとなっています。

観測所からの情報発信

 微小地震観測データを始めとするこれらの観測データは、昨今の通信インフ ラの整備により、観測所だけでなく、宇治キャンパス等でもリアルタイムで参 照できるようになりつつあります。(たとえば、学術情報メディアセンター KUINSニュース54号参照)。

 いっぽうで、40年を超える長期間の膨大な観測データの大部分は観測所にアー カイブされており、長期の時系列データの解析が重要である地震火山現象の研 究のためには、観測所に篭ってデータの発掘を行う作業も欠かすことはできま せん。これらのデータを利用して、京都大学の教員・学生をはじめとして、観 測所近隣の富山大学、金沢大学および信州大学等の教員・学生、さらには全国 の研究者が多くの研究成果を発信してきました。

 観測データの収集・蓄積という、従前からの機能に加え、最近の観測所は全 国の10を超える大学による合同観測のための基地としても重要な役割を果たし ています。平成16(2004)年から平成20(2008)年まで実施された「地震予知の ための新たな観測研究計画(第2次)」(地震予知研究計画)では、まだ解明 されていない内陸地震の発生機構の研究に資するために、跡津川断層歪集中帯 の全国合同観測が行われました。この合同観測には、微小地震観測、GPS稠 密観測、電磁気観測等が含まれていますが、上宝観測所はそれらの観測の前線 基地として重要な役割を担いました。

 さらに、平成10(1998)年飛騨山脈の群発地震のような地震の際には、地域 の自治体へのデータ提供など地域の防災にも実際に役立ってきました。また、 観測所の施設は各地の防災関係機関からの視察、小中高校などの児童生徒の見 学などに利用されており、地域だけでなく全国的な科学研究・防災研究成果・ 知識の普及に貢献してきました。

これから目指すところ

 今後は、中部地方中北部の広域的な地震活動や深部地殻構造、さらには飛騨 山脈脊梁の火山活動等の地殻活動の研究を縦糸に、これらに基づく防災関連情 報等での協力による地元への貢献を横糸にした活動を目指したいと考えていま す。

上宝観測坑道の構造と機器設置状況。 左端が坑道入口。Wで始まるのは水管傾斜計、Eで始まるのは伸縮計、 Sで始まるのは地震計の各測定点。

奥飛騨温泉郷から見た活火山焼岳

観測所の創立40周年記念行事(2004年10月開催)の際のひとコマ。中央が尾池総長、向かって左から、和田博夫技術員、伊藤潔観測所長、梅田康弘地震予知研 究センター長、三雲健名誉教授(第3代観測所長)、右端が和田安男技術員。(肩 書はすべて当時のもの)

上宝観測室と観測坑道の入口

上宝観測所の位置と

周辺の活断層、活火山の分布

上宝観測所で震源を決定した1995年から2007年までの地震の分布。 ひとつひとつの青い点が地震を表す。跡津川断層の地震の線状分布や 飛騨山脈脊梁部の活発な地震活動が見てとれる。

アクセス

JR高山線高山駅から、濃飛バス「見座公民館前行」に乗車、「本郷」にて下車、徒歩15分
・ 東海北陸道飛騨清見ICで中部縦貫道に乗り換え高山ICで降り、国道41号および県道76号経由で約1時間半。

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